追悼シゲルスダチ

 正直、いまでも実感がまったくないのですが。

 2014年11月9日の奥多摩Sに出走したシゲルスダチ。東京競馬場のパドック、そしてレースを現地で見ていたのですが、まさかそれが最後の姿となってしまうとは。直線半ばで走るフォームが崩れながらも12着で入線、1コーナーを過ぎたところでジョッキーが下馬し、そのまま馬運車へ。下馬したとはいっても遠目からだと普通に歩いているように見えて、症状は重くないのではないか、そう期待していたのですが。競馬場を出るあたりで第一報が入り、そこからは情報を受け入れつつも、どうしても実感がわいてこず、、、。

 地方競馬でしぶとく走り続けるか、あるいはどこかで乗馬として末永く可愛がってもらうか、そんな近い未来を願いつつ想像していたりもしたのですが、まさか目の前のレースで命を落とすことになるなんて。競走馬である以上、いや命があるもの全てはいつかこうなるということは理解していますが、あまりにも唐突すぎただけに。

20120729 シゲルスダチ / Shigeru Sudachi

 彼の、その存在をはっきりと知ったのは2012年、シゲルスダチ3歳時のNHKマイルC。のんびりとテレビ観戦していたのですが、最後の直線で派手に転倒する馬が1頭。誰もが故障を疑うようなアクシデントでしたが、それでも無傷で切り抜け、さらに落馬したジョッキーに歩み寄るシーンが話題になりました。「あの馬が走るなら見に行こう」そうして出かけたのが7月の新潟競馬場、NST賞でした。

20120819 シゲルスダチ / Shigeru Sudachi

 続く8月。暑い熱い小倉競馬場で行われた北九州記念は12番人気で2着。あのアクシデントを乗り越えた馬を見たい、というよりはこの頃になると厩務員さんとのコンビが見たいという理由に変わっていました。やんちゃな子どもと見守る母親のような、そんな姿をパドックで見るのが楽しくて。

20121007 シゲルスダチ / Shigeru Sudachi

 そして10月。陣営に迷惑がかかるかもしれないと思いながらも、1頭と1人のコンビの魅力にとりつかれたが故に横断幕を作成することにしました。当人たちはどう感じていたのかは分かりませんが、京都競馬場のパドックに横断幕を出した途端、他の陣営がひそひそと話のネタにしていたのは今でも良い思い出です^^;

20121209 シゲルスダチ / Shigeru Sudachi

 京都競馬場でオパールS、京洛Sと連続して横断幕を出し、2012年の暮れには中京競馬場へも参戦。折りたためないターポリン素材で作成した横断幕を毎回持参しての新幹線移動はなかなか辛かった(苦笑) それでもパドックでシゲルスダチと鈴木さんのコンビを見る度に癒され、元気をもらう日々。とても幸せな時間でしたね。

20130127 シゲルスダチ / Shigeru Sudachi

 横断幕を出したのは翌2013年1月、スダチが4歳になった淀短距離Sが最後。続くシルクロードS以降は鈴木さんがスダチを曳かないことになり、コンビ解消とともに横断幕も役目を終えることとなりました。別な方がスダチを担当されているのに、鈴木さんとの幕を出すというのも申し訳ないことになりますから。ここからは幕を出さず、そして1歩引いた形で見守ることになりました。

20130224 シゲルスダチ / Shigeru Sudachi

 茶漉し(パシュファイヤー)姿でパドックに出てきて驚かされたり、、、

20131116 シゲルスダチ / Shigeru Sudachi

 NHKマイルC時と同じジョッキーと東京競馬場に参戦したり、、、

20140524 シゲルスダチ / Shigeru Sudachi

 芝ではなくダートにも挑戦したり、、、いろいろと試行錯誤するも、なかなか成績が上向かない時期が続きます。

20141109 シゲルスダチ / Shigeru Sudachi

 そんな中で発表された関東への転厩。鈴木さんの存在とはまた別に、西園厩舎のトレードマークである青地に赤い星のメンコがスダチの代名詞になっていただけに、厩舎がかわるとなれば一大事。それでもしかし、新たな環境でも最大限の配慮をしていただいたようで、メンコは勝負服の色である緑と赤のデザイン。

20141109 シゲルスダチ / Shigeru Sudachi

  メンコは変わっても中身は一緒。仕草とか表情は昔のままだなぁ、変わらないスダチが関東でも見られて嬉しいなぁ。そう思いながら東京競馬場で眺めていたのですが。

20121103 シゲルスダチ / Shigeru Sudachi

 あっという間に目の前を駆け抜けていってしまいました。

 それでも、シゲルスダチのおかげで色々な場所に連れて行ってもらい、また多くの方と知り合うこともできました。関係者の皆様方にも感謝の念でいっぱいです。本当にありがとうございました。その姿は永遠に忘れることはないでしょう。

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